保安用品のこんなイベント
必要な企画だと思ったが、施設が汚れないよう、講座は座って学ぶものだけに限るとする区の規定があるからと、財団は断るよう指示した。
この件について、同年秋の区議会で区議が「もっと柔軟な運営をすべきではないのか」と質問した。
区は「職員を指導する」と答弁した。
「私たちは、やった方がいいと考えたのに、財団が区の規定をタテにやめるよう指示し、あきらめざるをえなかった。
それなのに、なぜ「職員」が区に「指導」されることになるのか」と、HMさんたちは悔しかったが、何も言えなかった。
住民は、施設の運営は権限のある区の職員がやっていると思っている。
だから、職員に頼めば改善すると考える。
要求が受け入れられなければ職員に問題があると判断する。
そこで、区議への陳情となり、区議会での質問となる。
だが、その職員が判断する権限も決定権もない立場に置かれていることを、どれだけの人が知っているだろうとHMさんは思う。
しかし、それを公然と口にすることさえ、非常勤には勇気が必要だった。
同年暮れ、HMさんたちは、運営委託先を地元の女子大に変更すると通告された。
契約のときは、五年までは更新できるといわれていた。
まだ働き始めて二年目なのに、全員が○八年三月末に契約を打ち切られることになった。
財団は取材に答えて、「財政が厳しく人員が少ない中で、非常勤でもいろいろな仕事をやってもらうしかない」と反論する。
「五年まで更新できるというのは、五年間雇用を保障するという意味ではなく、最長五年までということ。
契約は一年ごとの更新なので、二年で打ち切ることもありうる」とも説明した。
二○○八年三月、HMさんたちは職を失った。
HMさん自身は、他の自治体の男女平等を扱うセンターに、やはり非常勤ではあったが再就職の口をみつけることができた。
アルバイトとして働いていた同僚たちは、どうなったのか。
それが気がかりだ。
財政難の中で、低賃金の非常勤職員を雇う選択も必要かもしれない。
問題は、その賃金水準で正規職員とほぼ同等の労働時間や負担、正規職員にはない専門性まで求められることがはたして妥当なのかという点だ。
正規職員並みの時間的拘束を求められれば、より安定した仕事に移るための職業訓練の時間もとれず、契約期間が終われば文字通りの使い捨てになる。
もっと問題なのは、そうした不安定で発言権を持たない働き手に、利用者との折衝、施設の管理、事業の立案という根幹の業務を任せ、その結果、利用者のニーズが中枢に反映されにくくなっていることだ。
「提案は無視され、住民からは職員が悪いと思われ、挙句に短期で使い捨て。
サービスは空洞化し、しわ寄せは利用者に回されていることをわかってほしい」と、HMさんは言う。
は、居心地のいいことかもしれない。
だが、その結果、消費者はいらだちをつのらせ、「本当にほしいもの」「本当にほしいサービス」は提供される機会を失う。
二○○八年春に出会った派遣添乗員たちの体験は、そんな構造が生む危険性を浮かび上がらせた。
人件費削減は経営にとってやむをえない選択といわれる。
だが、賃金を抑え込むために身分が不安定で発言力が弱い働き手を急増させたことで、顧客と会社とのパイプは細り、顧客の要望が十分に伝わらない事態が広がりつつあった。
一線と接することのない管理職や経営者にとって、聞きたくない情報を伝えてこない働き手の増加は、「すべてうまくいっている」との錯覚を与えることになる。
これは、経営する側に「きょうはやめましょう」と伝えると、不満そうな客もいた。
ツアーの最終日には、参加者に満足度アンケートを書いてもらうことになっている。
成果主義が導入され、最終日のアンケートで「A」をもらえなければ評価が下がり賃金に響く。
これでは「A」どころか、「D」かもしれないという思いが、一瞬、頭をよぎった。
だが、安全には代えられない、と思い切った。
「こんなことでお客を守れるのか」とやりきれなかった。
その後、ガイドがつかなかった他社のスイス山岳ツアーで、参加者が濃霧で迷った末、な何年か前、スイスのハイキングッアーに出かけた派遣添乗員のEMさん(四十八)は迷っていた。
天候が崩れそうだが、ツアーを決行すべきか。
山の天気は難しい。
しかも、慣れない海外の気候だ。
だが、相談する相手はいない。
「山岳ガイドは高くつくから」と旅行会社が雇わず、山を知らない添乗員任せにしているためだ。
「責任が持てない。
見送ろう」と決断した。
とか生還したと聞いた。
添乗員が天候の変化を予測できず、見切り出発をしたという。
あのとき見送ってよかった、と胸をなでおろした。
EMさんは添乗員歴二十四年。
高校を卒業後、事務員を経て添乗員の専門学校へ。
フリーの添乗員になった。
いまはHkTの派遣社員として、親会社のHk社で働く。
旅行好きがこうじて添乗員になった人たちが、自分のうんちくを傾け、「穴場」に案内したり、ツアー客に見せたい場所を自力で開拓して教えたりする添乗員の世界には、かつてはそんな空気があった。
それが激変したのはリストラで解雇や賃下げが横行した二○○○年前後からだ。
働き手の三人に一人が低賃金の非正社員になり、消費力の落ちた人々を対象に、ファストフードの世界ではNMdの「百円Md」が登場して話題を呼んだ。
旅行業界でもパックッァーの低価格化が進んだ。
価格引き下げの切り札のひとつが、旅行先のみやげもの店などとの提携だ、とEMさんたちは言う。
旅行代理店は、ツアーの費用を現地のみやげもの店に負担してもらう代わりに、パックッアーの参加者をこれらの店への買い物ツアーに誘導する。
みやげもの店回りを優先するため、美術館や遺跡など、本来見てほしい場所へ回る時間は減らさざるをえない。
顧客にいいツアーを提供したいと考えるベテラン添乗員には、つらいことだ。
添乗員は、日本国内と現地との接点になって、顧客の安全を図るためにさまざまな手立てをこうじるのが役割だ。
彼らは、どの国の言葉でもしゃべれるわけではない。
だから、それぞれの地域でツアーの内容に合わせてガイドを雇い、こうした人たちと相談しながら顧客の安全を確保する。
ところが、低価格競争の激化の中で、ガイドや通訳の人件費は削減して添乗員にその代わりを担当させるようになった。
加えて、サービスの実質的な低下を補うため、参加者の目に見える「小さなサービス」が次から次へと添乗員に求められるようになった。
パンフレットに「夕食後は添乗員が旅に役立つ英語をレッスン」と、うたったツアーもあった。
海外旅行担当の添乗員は、確かに英語を操る。
しかし、それは業務上のものであって、英語を教える資格があるわけではない。
そんなことをうたってしまっていいのか、と思った。
旅のまとめや感想などを「旅日記」として参加者に配るサービスは、EMさんたちが「お客様に喜んでもらいたい」と自発的に行っていた。
これがいつしか、義務になった。
旅行会社がらいのが、人件費削減のため、仕事がすべて添乗員に投げ込まれてくることだった。
契約時に集められなかった空港税などを空港で集金するよう言われ、勘定が合わず自腹を切る添乗員もいた。
英語が通用しない国のツアーで「現地語のできるガイドを」と旅行会社に求めたら、「自分で雇えば」と言われた。
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